転換性障害の時の自宅内の生活

こんにちは!ぽちママです

転換性障害の時の学校生活学校生活の番外編を先日書きましたが、
今日は自宅内での息子と家族の様子を書きたいと思います。

息子が転換性障害を発症した時、足が動かせないのと同時に腹痛もありました。
息子は常にリビングで腹痛を我慢しながら過ごしていました。
大きくなった息子を毎日2階の寝室まで背負うのも危険が伴うため、リビングに夫と息子の布団を敷いて、2人はそこで寝起きをしていました。
発症して1週間ほどは自分では全く動けず、動かせない足は鉛のような状態でした。
足が重くて自分ではソファに座ることも、トイレに行くこともできず、トイレに着いても自分ではトイレに座ることもできず、常に介助が必要な状態でした。
夫か私のどちらかが仕事を休んで息子の介助をこなしながら、病院へ何度も足を運びました。

そんな中、どうしても3時間くらい夫も私も仕事を休めず、介助できない時間帯が発生した日がありました。
その時、本当に頼りになったのが当時小学3年生だった娘でした。
その娘に3時間だけお兄ちゃんをお願いし、泣く泣く家を後にした私。
仕事を終え家に戻ると、普通に過ごしている息子と娘。
私「ありがとう!トイレとか大丈夫だった?」
娘「大丈夫だったよ!1回だけお兄ちゃんがトイレ行きたいっていうから、そこの椅子使って、お兄ちゃんを椅子に乗せて車椅子みたいに椅子ごと押してトイレまで連れてった

娘よ、本当にありがとう

その日を境に、息子は少しずつ自分でも動けるようになっていき、座ったまま足を引きずり、腕だけで移動できるようになりました。
ソファにも自分で座れるようになり、トイレに行くのも自分で移動し、腕の力で便座に座れるようにもなりました。
恐らく、膝から下は全く動かせないものの、太ももに少し力が入るようになったんだと思います。

当時、夫も私も悲壮感が漂っており、それでも勉強だけはさせようとした夫、それに異を唱える私、家の中の空気はひどいもんでした。
ですがその3時間、この時間は夫も私もおらず、明るい妹と2人きりで、息子にとっては気持ちが安らいだのかな、と思います。

転換性障害を発症した時も、不登校になったばかりの時も、不登校が当たり前になった今も、娘はずっと明るく息子の側にいてくれます。
ゲーム障害などというワードに翻弄されそうな私たちをピシャリと叱ってくれたのも娘、私たち親が感情的になりそうな時も息子の味方をして息子を守ろうとしてくれたのも娘、不登校になった息子を最初から受け入れていたのも娘。

家の中での娘の存在は今も昔も絶大です

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